FIND iphoneと『みさきの家』そして地震。あきれる程甘い父との自覚。

0

    JUGEMテーマ:日記・一般

    17日の朝。

    京都市立大宮小学校の4年生は

    三重県志摩市の『みさきの家』に2泊3日で出かけました。

     

    若干、気が弱く、内向的であると勝手に私が思っている娘ですが、

    精神的に何らかの圧迫があるとすぐに蕁麻疹が出ます。

    前日の16日の準備の段階でも目の下にポツっと。

     

    基本的に自覚をしていますが、

    娘に対しては超がつくほどにくそ甘い父親と自覚をしています。

     

    しんどかったらいかなくていいと。

    嫌な事はしなくて良い。

     

    はい。

    甘過ぎるのです。

     

    案の定出発当日の朝は

    泣きじゃくりです。

    うまく諭し、とにかく学校まではいってみて、

    嫌ならばいかなくて良いと言って見送りました。

     

    妻と娘で学校にいき、出発式やらなんやらと終えて

    いざバスに乗り込むとき

    やはり大泣き。

    困った4年生です。

     

    妻の手を離さず、

    妻もあきらめかけたときに担任の先生が上手に諭し

    なんとかバスに。

     

    その後うちの店の前をバスが通過。

    ちゃんと私も店の前で見送り。

     

    なんという甘さ。

     

    本当は持たしてはいけないIPHONEから私にメールが。

    『やっぱりいややからむかえにきて』と。

    FINDiphoneで位置情報を見るとまだ堀川北大路。

     

    そのメールで私は

    むかえにいく気まんまんです。

     

    でもとにかく『みさきの家』まで着いてもらわないといけない。

    途中のSAで先生と一緒に待っていると言う訳にもいかない。

     

    『先生にいいなさい。それからむかえにいくから、先生から連絡を』と返事をかきましたが、

    娘からの返事はありません。

     

    日曜日ですので、古川理髪院も忙しく、

    ようやく就業時間が終わっても娘からは連絡なし、

    こちらから連絡する事も出来ずにただただ待つのみ。

     

    いつかかってきてもいいように日曜の夜はお酒を我慢。

     

     

     

     

    そんなこんなで月曜の朝まで気疲れだけ。

     

    そして月曜の朝は毎度の母の通院介護。

     

    朝7時40分ぐらいから車をだし、妻とスピーカーホンで

    大宮小学校のホームページを見て行事の進行状態などを確認しているときに、

    妻が叫びだしました。『地震や!』と。

     

    私は車を運転していたのであまり感じませんでしたが、

    『店のグラスや作家さんから預かっている陶器をみて!』と頼み

    母の家に。

     

    母はただ呆然と座布団を頭の上において仏壇に手を合わしておりました。

    はい。無事です。

     

    妻とも携帯で話すにも2回かけてようやく繋がると言う感じ

    神戸の震災の時の電話の繋がりにくかったのをおもいだしました。

     

    店のグラス等も無事、母の家も無事。

    ならば次に気になったのが『津波』

    もっと早く気づかないといけないのに...。

     

    三重県の太平洋側にある『みさきの家』

    津波の心配はないのか?震源地が内陸部だから大丈夫か?

     

    母の家でその情報がはいるまで待機。

    テレビでその情報を得て、津波の心配が無い事を確認。

     

    そして、学校からメール。

    4年生以外(みさきの家)は休校のために引き渡し。

     

    頭がこんがりだしました。

    みさきはどうなるの?

     

    その後にみさきにいる4年生は継続で

    地震もあまり感じなかったのでそのままと。学校からのメール。

     

     

    娘はどうしてるのか?

    先生に帰りたいといえないのか?

    言う事を躊躇して我慢しているのか?

    いろいろかんがえました。

    はい。甘い父です。

     

    妻の実家が長岡京市で、

    仏壇が倒れるなどの被害がありました。

     

    それに対しては妻が連絡を取り合い、

    今後の状態よっては妻の実家にもいく予定に。

     

    津波が無い、店、家は大丈夫と言う事で、

    とりあえず母を病院だけには連れていき

    11時前には帰宅。

     

    妻の実家の方は義父が帰ってこられたという事で行かずに。

    義弟二人は別々の電車の中に閉じ込められている状態。

    ウーン。

     

    さて、どうする?

     

    FINDIPHONEで娘の行動をみれば、なにやらのんびりされているような気配。

    旅のしおりを出発前日全部写真に撮っておいたので予定は全部把握しています。

     

    次に頭によぎったのが余震。

    高速道路や、鉄道がアウトな状態

    近鉄もアウト。

    もちろん向けにいくとなれば車でいきますが、新名神ー伊勢道がどうなのか?

    もし余震で伊勢道がアウトになったら?

    もし、余震で津波がくる規模のものがきたら?と

    いろいろ先走ります。

     

    なんやかんやで心配だけの月曜でかなりの心労。

    そして夜中の余震。

    寝れませんでした。

     

    メールをしてもいかんし、電話もできない。

    寂しいのではないか?と。

     

    あほ父です。はい。

     

    火曜日の朝から娘の行動をFIND iphoneでずっと追いかけています。

     

    舟にのり、賢島。そしてマリンランド

     

    バスが動きだし、伊勢道に。

    そして新名神。

    大津SAで休憩。

    京都東を降りた。

    動物園。

     

    東大路を北上。

    百万遍を西に。(なんで?まっすぐあがらん!)

    河原町今出川を北へ。

    しかし、何故か下鴨本通り。(なんで賀茂街道をとおらん!)

    下鴨北大路を西へ(なんでそのまま北山までいかん!)

    賀茂街道北大路をようやく賀茂街道(うんうん)

     

    御薗橋で西に曲がらずそのまままっすぐ。(なんでうちの店の前をとおらん)

    その段階で妻は学校にむかえに。

     

    おつかれさま会などのあと

    娘が無事に帰ってきました。

     

    その後聞けば(妻が聞いた話)

    最初はいややったけど、面白かった。

    ぱぱからのメールはみてへんかった。

     

    いう事でございました。

     

    父の日に出発。(なんでそんな日に)

    行くのいやちゅうてんのになんでいかす

    地震やったら帰ってこいや!

     

    などなどいろいろ考え過ぎて疲れまくりでございました。

     

    みさきの家だけならば、娘の心配だけですむのですが、

    いざ地震もと言う事になれば

    母の事も加わります。そして年老いた母の妹夫婦。

    そして義理の両親と妻の弟二人。

    家の事店の事。

     

    いろんな事が合体してかなり疲れました。

    とくに娘の『パパのメールみてへんわ』という言葉は

    私の心の緊張感を見事にうちくだいてくださいましたわ。

     

    要するにあまあまの父親が早く子離れしないといけないのですね。

    はい。自覚してございます。

    なんとか長期計画で

    わたくし自立をいたします。

     

    はい。

     

    昨日の夜は9時に寝ました。

     

    はい。

     

     

     


    コメント
    コメントする








       

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

            

    links

    profile

    search this site.

    others